大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)196号 判決 1976年2月19日
控訴人
原田トク
右訴訟代理人
浦井康
被控訴人
南紀観光開発有限会社
右代表者
斉藤美栄
右訴訟代理人
前田進
外一名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第一 被控訴人の主張
一 請求原因
(一) 被控訴人は、昭和四二年一一月一日、原審相被告小林嘉平(以下小林と略称する。)より同人所有の別紙目録記載の各不動産(以下本件不動産という。)を代金一、〇〇〇万円で買受け、右売買を登記原因として、本件不動産につき、京都地方法務局伏見出張所昭和四三年六月二九日受付第二四、五六〇号所有権移転仮登記(以下本件仮登記という。)をなした。
(二) ところで、控訴人は、本件不動産につき、京都地方法務局伏見出張所昭和四三年九月三〇日受付第三七、四三七号をもつて所有権移転登記(以下原田の本件本登記という。)をなした。
(三) しかしながら、原田の本件本登記は本件仮登記より後順位であるから、控訴人は、被控訴人が本件不動産につき本仮登記にもとづき所有権移転をなすことを承諾する義務がある。
よつて、被控訴人は、控訴人に対し、被控訴人が本件不動産につき本件仮登記にもとづき所有権移転本登記手続をなすことを承諾することを求めるため本訴に及ぶ。
二 控訴人の抗弁に対する答弁
(一) 控訴人の第二の二の(一)記載の通謀の事実は否認する。
斉藤増平(以下単に増平という。)は、後記競売手続が取下により終了しないうちに本件不動産の実質上の所有者である小林と直接に売買の交渉を始めたことはない。また、本件売買契約の経過(司法書士斉藤増平は、昭和四二年四月頃控訴人から本件不動産の競売手続の申立書類の作成を受任したが、同年六月頃には右手続は取下により終了している。その後、昭和四二年一一月一日に至り本件売買契約は成立したものである。)並びに小林は結局金一五〇万円(後に金一〇〇万円に減額した)を被控訴人から貰うことで納得しているのであるから、本件売買契約を仮装のもので、通謀による虚偽表示であつて無効なものであるということはできない。
(二) 本件売買契約は、司法書士法第八ないし第一〇条に違反してなされたものではない。
(1) 増平は、本件売買契約のあつせん者たるにすぎないもので、売買の当事者ではない。司法書士法第八条とは何ら関係はない。増平が本件売買のあつせんをしたこと(仮に、増平が買受人であつたとしても同じことで、)は業務外の行為であるから、右法条の関知せぬところである。
(2) 本件売買契約のあつせんをすること(売買をすることもまた同じ)は司法書士法第九条に規定する事件ではない。
もつとも、本件売買契約の条項のうちには、控訴人に対する訴提起を予定した契約条項があるが、それは売買契約の内容の一部として包含せられているに過ぎず、その部分だけを抽出してこれを訴え、他人間の事件に関与したと言い切ることはできない。蓋し、司法条の禁止の意味は国民の法律生活における正当な利益を保持することにあることから見れば、売買取引のあつせんも契約内容の持つ控訴人への訴提起予定もすべて未だ以て控訴人の持つ正当な利益を害するものでなく、司法秩序を紊すものでないのは勿論、訴提起予定ということは、あくまでも予定であつて、他人間の事件は売買取引の時点においては未だ発生しておらないからである。仮に、控訴人への訴の予定が右法条にいう他人間の事件に関与したことになるとしても、同条禁止違反の行為の効力については、同法には何らの定めもなく、司法書士を懲戒処分にできる規定(同法第一二条)と処罰の対象にできる規定(同法第二一条)により同法第九条の実効性を保障することにしているのであつて、しかも、それらの行為がそれ自体として違法性を有するわけではなく、これらの行為が特に禁止されているわけではない。それ故、公序良俗違反の性質をおびるなど特段の事情の存しない本件売買契約のあつせんないし契約内容に訴訟を予定している部分が司法書士法第九条に違反するものとしても、直ちに本件売買契約を無効であるとすることはできない(昭和四一年(オ)第三九六号、最高裁第三小法廷、昭和四六年四月二〇日判決参照)。
(3) 増平は、司法書士法第一〇条に規定する禁止事項たる業務上取扱つた事件につき知ることのできた事実を他に(小林に)漏らしたこともなく、また漏らす必要もないのであつて、むしろ増平は小林から同人の控訴人に対する債務内容を確知する必要があつたことは、買受人、あつせん者として当然のことである。
以上のとおりであつて、増平は何ら司法書士法第八ないし第一〇条に違反する行為をしていないし、仮に違反部分があつたとしても、前記最高裁判決の趣旨からいつて、別個の本件売買契約自体の効力を否定することはできない。
(三) 本件売買契約は何ら公序良俗に違反するものではない。
そもそも、事件物の売買取引が常に危険性をはらみ、その解決が長期にわたるので安価にしか取引ができないことは取引の常識である。それ故、本件売買契約は何ら民法第九〇条に違反しない。被控訴人は小林との間で真正な合意にもとづいて本件売買契約を締結したものである。
(四) 被控訴人の本件仮登記は小林の意思に基づかないものとの控訴人の主張事実は否認する。被控訴人は本件売買に際し、小林から徴しておいた売買による所有権移転の仮登記に必要な書類を以て右仮登記を経由したのであるから、もとより小林の意思に基づいているものである。
本件売買が既に昭和四二年一一月一日に成立しているほか、同年一二月二〇日には本件不動産について控訴人所有の昭和四〇年一一月三〇日京都地方法務局伏見出張所受付第三四、九二二号所有権移転請求権仮登記(以下原田の本件仮登記という。)上の権利及び抵当債権たる金二三五万二、五九九円は買主被控訴人において代位弁済しており、殊に、右代位弁済により控訴人の有せし前記仮登記上の権利及び抵当債権も、ともに実体上当然に被控訴人に移転しているのに拘らず、控訴人は右事実を知悉した上で、小林と結託して、無に等しい原田の本件仮登記に基づく本登記をなさんと企てるなど、著しい背信行為を敢行せんとしたので、たまたま保証書手続途上においてこれを確知した増平は、かかる小林の背信行為を認容できず、控訴人の悪意の企図を防止したのは当然の措置である。
(五) 被控訴人は背信的悪意者ではない。控訴人主張のはがきを小林が被控訴人に交付したのは当然である。
すなわち、前段記載のとおり、昭和四二年一二月二〇日に本件売買契約上の被控訴人の義務たる控訴人に対する小林電気株式会社の債務引受金二三五万二、五九九円を被控訴人は代位弁済しているから、原田の本件仮登記上の権利は法律上当然に右時点で被控訴人に移転しており、従つて、後に京都地方裁判所昭和四三年(モ)第一、二二六号を以て控訴人主張の仮登記及び抵当権設定登記が共に被控訴人に移転する旨の仮登記仮処分命令が発せられ、その旨の登記がなされたのである。
被控訴人のした右代位弁済よりも遙かにおくれて控訴人が無に帰している仮登記上の権利に基き本登記をなさんとしたこと自体、悪質ないし無知といわねばならない。
(六) 第二の二の(六)記載の抗弁は理由がない。その理由は前段に記したとおりである。
以上のとおりであつて、控訴人主張の抗弁はいずれも理由がない。
第二 控訴人の主張
一 請求原因に対する答弁
被控訴人主張の第一の一の(一)記載の売買の事実は否認する。同第一の一の(二)記載の事実は認める。同第一の一の(三)記載の主張は争う。
二 仮定抗弁
(一) 仮に、甲第一号証の一(売渡証書)及び同第三号証(領収証書)記載のような内容の売買契約(以下本件売買契約という。)がなされたとしても、右売買は、被控訴人と小林がなした通謀虚偽表示であるから無効である。
すなわち、控訴人は、小林に対して多額の債権を有しており、その債権を担保するため、本件不動産について代物弁済の予約をなし、それを原因として、原田の本件仮登記をなしており、かつ債権額金二五〇万円の抵当権設定を受け、その登記も了した。そして、昭和四二年六月ごろには、控訴人の小林に対する債権は元本のみで金七〇五万円となつていたがその返済を受けられなかつた。
増平は、司法書士として、控訴人から抵当権実行の申立手続を依頼されるなどして、以上記載の各事実を充分知つており、その上で、控訴人が設定登記を受けている抵当権の被担保権額が二五〇万円であることを奇貨として、控訴人には右二五〇万円またはそれ以下の金額を支払つて、あとは訴訟を提起するなどを予定し、被控訴人は小林には金一五〇万円を訴訟の経過に応じて支払う旨約定し、不動産の残余の価値は被控訴人または増平が利得しようと図つて被控訴人と小林とが通謀し、そのために売買という形式をとつたものであつて、真実売買の意図でなされたものではない。
(二) 仮に、右抗弁が認められないとしても、本件売買契約は司法書士第八ないし第一〇条に違反して行われたものであるから効力を生じないものである。
すなわち、増平は司法書士であるところ、昭和四二年四月ごろ控訴人から本件不動産について、抵当権にもとづく競売手続の申立について書類の作成の依頼を受けたことによつて、始めて本件不動産の存在を知り、かつ小林の存在を知つたのである。増平は、自己が依頼を受けた競売手続について、その債務者が小林であり、競売の目的物である本件不動産の所有者もまた小林であることを充分承知のうえで、その後本件不動産を小林から買うべく行動しているのである。
ところで、本件売買契約においては、買主は被控訴人南紀開発有限会社(被控訴人)であるが、右会社は、会社としての実質はないものであつて、増平が、架空ともいうべき会社を作りあげ、事実上これを支配しており、本件売買契約も、仲介といつてもいわば増平個人が右会社名を使用して行つたものにすぎず、しかもその内容は増平が利得を得ることを目的になしたものである。
(1) 司法書士第八条は、「当事者の一方から嘱託されて取扱つた事件について、相手方のために業務を行つてはならない。」旨規定しているが、増平は前記のとおり控訴人から嘱託を受けた事件について、その相手である小林のため売買の業務を行つていたのである。
さらに、右法条は、右の様な場合に、司法書士自身のため業務を行つてはならない趣旨をも含むものと解されるが、増平は前記のように自己の利益のために売買を行おうとしているのである。
(2) 同法第九条は、「司法書士は、その業務の範囲を越えて他人の間の訴訟、その他の事件に関与してはならない。」旨規定している。
本件においては、増平は、控訴人から前記のとおり競売手続の依頼を受け、控訴人から預つた書類や、控訴人から説明を受けて知つた事実によつて、小林を探し、そして小林から本件不動産を買おうという、そして、その売買たるや、売買代金の受渡しもなく、また控訴人に対し訴訟提起を予定したものであるなど増平の行為は正に右法条にいう業務の範囲を越えて事件に関与して本件売買契約をなしたものに他ならない。
(3) また、同法第一〇条は、「司法書士は正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることができた事実を漏らしてはならない。」と規定しており、これは当然のこととして、知つた事実を自らの利益に利用してはならない趣旨を含むと解すべきであるところ、前記のとおり増平は自分の利益に利用し、あるいは小林に対し、右のことを漏らして本件の売買をしたものである。
以上のとおり本件売買契約は司法書士法第八ないし第一〇条に違反してなされたものであり、同法条は強行法規であるところ、以上に記したような特段の事情の存する本件にあつては、無効なものといわねばならない。
(三) 仮に、以上の抗弁が理由がないとしても、本件売買契約は公序良俗に反するもので、民法第九〇条によつて無効である。
すなわち、前記のとおり、増平は司法書士として控訴人から依頼を受けたために知つた事実を利用して、自己または自己が代表取締役をしている被控訴会社の利益を図るために本件売買を行つたものであり、またその内容も殆んど実質を伴わないものである。そして増平は故意に本件不動産の価格を低く見積り、さらには、控訴人に対する訴訟を予定するなどして不正の利益を図らんとするものである。
(1) ところで、本件売買契約の売主である小林は、売買の時に増平のいうがままになつている。これは小林が無知であり、また窮迫していたからであつて、小林は窮迫に乗ぜられて本件売買契約を締結したものである。
(2) 仮にそうでないとしても、前記のとおり本件売買契約は増平の違法行為によつて結ばれたもので、増平が公正であるべき司法書士でありながら、かえつてその業務を悪用して行つたものである。
(四) 仮に、以上の抗弁がいずれも理由がなかつたとしても、本件仮登記は小林の意思に基かずなされたものであるから無効なものである。
すなわち、本件不動産は登記簿上昭和四三年六月一八日までは北川隆(旧性中井)の所有となつていた。しかし、北川の右登記は仮装のもので、実質の所有者は小林であつた。そこで、その頃控訴人は小林と共に中井と交渉して、中井の右登記を抹消して貰うことに努力し、その結果昭和四三年六月一八日中井の所有権登記を錯誤の理由で抹消して貰つた。
そうして、控訴人と小林とは、昭和四三年六月七日行つた代物弁済予約完結を原因として、原田の本件仮登記にもとづき、本登記申請手続をすべく昭和四三年六月一八日に司法書士津田昭造に委任した。
ところが、右登記申請手続(乙第八号証の一)は保証書によつて行つたので、数日後法務局から照会のはがきが小林のところへ届いた。小林はそのはがきの手続を知らなかつたため、増平に相談したところ、増平は小林を欺いて右はがきをとりあげて握りつぶし、控訴人と小林の乙第八号証の一の登記申請を不能にしたのである。
増平は、右のように控訴人の登記申請を妨害した上で、被控訴人を権利者とする本件仮登記を行つたものである。
以上のとおり、被控訴人の本件仮登記は小林の意思にもとづかず、被控訴人が小林から受けとつていた書類を冒用してなしたものであるから、無効なものである。
(五) 控訴人は、被控訴人の本件仮登記よりも先に、本件不動産について所有権を取得しており、被控訴人はいわゆる背信的悪意者であるから、その所有権をもつて被控訴人に対抗することができる。
すなわち、控訴人は、本件不動産について、昭和四〇年一一月二九日に小林との間で、控訴人の小林電気株式会社及び小林に対する債権について代物弁済の予約をなし、これを原因として原田の本件仮登記を受けていたものである。
控訴人と小林は、昭和四三年六月七日に右についての代物弁済の予約を完結した。そして、控訴人と小林は昭和四三年六月一八日ごろ原田の本件仮登記に基く所有権移転の本登記申請手続を司法書士津田昭造に委任し、右津田は同年同月一八日京都地方法務局伏見出張所に右登記申請をなした。
しかしながら、右登記は、前項記載のとおり、増平の妨害により登記できなかつた。従つて、被控訴人はいわゆる背信的悪意者であり、このような場合、控訴人はその所有権を、登記なくして被控訴人の本件仮登記に先だつものとして主張することができるものである。
よつて、被控訴人は本件仮登記をもつて控訴人に対抗することはできない。
(六) 仮に、以上の抗弁がすべて理由がないとしても、控訴人は原田の本件仮登記の効力を主張する。
すなわち、控訴人は右仮登記を有しており、その経緯については前項で記したとおりである。そして、前項記載のとおり、原田の本件仮登記にはこれを本登記にする条件は昭和四三年六月一八日に整つていたのである。
被控訴人の本件仮登記は、原田の本件仮登記より後になされたものであるから、控訴人に対して主張のできないものである。
以上のとおりであつて、被控訴人の本件仮登記は、その原因である売買が無効であるか、当事者に登記の意思を欠いてそのため無効であるか、ないしは仮登記自体、控訴人の有する前記所有権または原田の本件仮登記に対抗できない場合であるから、被控訴人の本訴請求は失当である。
第三 証拠関係<略>
理由
一まず被控訴人の請求原因について判断する。
原田の本件本登記がなされていることについては当事者間に争いがなく、<証拠>によれば本件仮登記が存することが認められる。
そこで、本件仮登記の登記原因である本件売買契約の成立について考えるに、<証拠>を綜合すると、次の各事実が認められる。
すなわち、被控訴人会社は司法書士増平が自分で資本を出し、自ら代表者となつて昭和三八年一一月一九日設立し、右増平が実権を握り、会社の印鑑も自分でもつており、会社役員は知人を頼んだりまたは無断で登記し、増平の下に従業員は約三名おり、増平は司法書士の仕事のかたわら自らいわゆる増平の個人会社として被控訴人会社を運営していたこと、そして昭和四二年頃も右のような状態であつたこと。
ところで、本件不動産は、もと小林の所有であつたか、訴外小林電気株式会社(小林経営)の控訴人に対する債務の担保のために設定してあつた抵当権を実行すべく、控訴人が昭和四二年四、五月頃本件不動産に対する競売手続の申立に要する手続書類の作成を長谷川司法書士事務所に依頼し、当時同事務所に勤務していた増平司法書士がその事務を担当したこと、増平は控訴人に会うのはこれが始めてであつたし、右事件を通じ、始めて小林の存在を知つたこと、増平は、控訴人に一件書類の提出を求め、これにつき研究した結果、本件不動産を自分のものにして一儲けしようと企図し、本件不動産の競売手続の申立書は裁判所へ提出したが、増平は、控訴人に対して、「本件不動産を競売したら貴方は損になるから、競売を取下げなさい。そして貴方の権利を私に売つて下さい。」と申し向け、結局、控訴人を説得して右競売手続を取下げたこと。そして、増平は事件物だから高くは買えない、時価の三分の一で解決しようと見積り、控訴人に対して、「三〇〇万円か四〇〇万円で売つてくれ、」と申出したところ、控訴人は、債権のみで七〇五万円あるからと主張し、結局、話がまとまらなかつたこと、そこで、増平は、本件不動産の実質上の所有者である小林を探して、同人から事情を聞き、本件不動産を手に入れて一儲けしようと考え、小林と直接交渉をしたこと、小林は、その経営する小林電気株式会社が倒産し、債権者にせめられ、全く窮迫に陥つていて、一銭の金も欲しい時であつたので、増平は小林の右窮状を利用して、同人を説得し、増平が代表取締役をしていた、増平とは前記記載のとおりの関係にある被控訴人が小林から本件不動産を譲り受けることとし、被控訴人において、前記訴外小林電気株式会社の控訴人に対する債務一切を引受け、かつ被控訴人から小林に金一〇〇万円を支払うことを対価として本件売買契約を締結し、甲第一号証の一の売渡証書を作成したこと、並びに被控訴人は、これを原因として本件仮登記をなしたものであることが認められ、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については<証拠判断省略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の事実を総合して考えると、結局、被控訴人と小林との間で、甲第一号証の一のとおり昭和四二年一一月一日付で本件不動産につき本件売買契約が締結されたものといわねばならない。
二(一) ところで、控訴人は、抗弁として、事実欄第二の二の(一)記載のとおり、本件売買契約は通謀虚偽表示によるもので、無効である旨主張すので判断するに、前記一において認定したとおりの事実関係の認められる本件にあつては、本件売買契約が被控訴人と小林の通謀によるものとは到底認められないし、他に控訴人の主張を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の通謀虚偽表示の抗弁はこれを採用するに由ない。
(二) 次に、控訴人は、事実欄第二の二の(二)記載のとおり、本件売買契約は司法書士法第八ないし第一〇条に違反して行われたものであるから、その効力を生じない旨抗弁するので、判断する。
司法書士法第九条は、「司法書士は、その業務の範囲を越えて、他人の間の訴訟、その他の事件に関与してはならない。」旨規定しているところ、前記一で認定した事実によると、増平は控訴人から本件不動産の競売手続の依頼を受けたので、これを奇貨として、右物件を自分のものにして一儲けしようと企て、控訴人に右競売手続を取下げさせたうえ、控許人の権利が安く買えないとみるや、さらに本件不動産(小林の経営する小林電機株式会社の倒産により多くの債権者が期待をかけている物件)の実質的所有者でかつ控訴人の債務者である小林と交渉して、増平が実権を握つて運営しているいわゆる増平の個人会社で、同人が代表取締役をしている被控訴人に本件不動産を買取らせるべく本件売買契約を締結した行為は、増平の意図並びに一連の行為全体と関連して観察すると、単なる売買の仲介あつせんとはいえず、前記法条にいわゆる業務の範囲をこえて他人の事件に関係したものというべきである。
ところで、司法書士について、特にその業務の範囲をこえて関与することが禁止されているゆえんは、司法書士のそのような関与により、かえつて、国民の法律生活における正当な利益がそこなわれ、司法秩序が紊されるおそれがあるからである。
しかし、だからといつて、司法書士の同条の禁止違反行為がただちに当然にその効力を否定されなければならないいわれはない。
そこで進んで本件売買契約の効力について判断する。
前記一で認定したとおり、本件売買契約は、小林の経営する小林電機株式会社が倒産し、小林は、債権者にせめられ全く窮迫に陥つていて、一銭の金も欲しい時であつたことに乗じて締結されたもので、しかもこの売買によつて小林の多くの債権者に損失をかけることが予想されるのに、被控訴人は専ら多大の利益を得ようとしており、その動機も不純であつて、増平の意図や一連の行為と関連させて以上の諸事実と併せ考察すると、本件売買契約はいわゆる公序良俗に違反するものといわねばならず、従つて、本件売買契約は無効なものと認められる。
そうすると、無効な売買契約を登記原因としてなされている本件仮登記は、爾余の判断をするまでもなく無効なものであつて、かかる仮登記に基づき本登記手続をなすことの承諾を求める被控訴人の本訴請求は失当である。
よつて、被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は不当であるからこれを取り消し、被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(北浦憲二 弓削孟 篠田省二)
目録<省略>